Date or Die(仮) 第22話その1

書いた人

  • 第十三話・cgmi氏
  • 第十四話・あきよし氏
  • 第十五話・シェキル氏
  • 第十六話・H.M.B.(当方)
  • 第十七話・義契氏
  • 第十八話・Mon氏
  • 第十九話・cgmi氏
  • 第二十話・あきよし氏
  • 第二十一話・シェキル氏
  • 第二十二話〜the other〜・H.M.B.(当方)
  • 二十二話 〜the Mainstream〜


     微かだがざわめきが聞こえ、普段とは雰囲気が何か異なるフロア内。買い物客で賑わっていた先刻と比べてもどこか空気が違う。

    (まさか、あの男……)

     なかば確信とも言える「予感」が晃樹の脳裏をかすめる。


    (無事なのか、比奈乃……)

     全力で走ることができない右足がもどかしい。とにかく一刻も早く比奈乃の無事を確認したかった。
     角を曲がると、前方の通路の中央で買い物客数人が様子を窺うように人の輪をつくっている。輪の中にいるのは、――比奈乃。

     比奈乃が、倒れていた。

     空想や想像でなく、目に見える同じ空間――現実で。

     それを理解したとき、もやが消えるように一瞬にして意識が鮮明になる。

    「おい! 比奈乃! 比奈乃!!」

     晃樹は叫ぶ。取り巻いている店員や買い物客など構わなかった。
     膝を少し曲げ、うずくまるように横たわっている比奈乃。跪き心配そうに呼びかけていた女性店員から奪い取るように、晃樹は比奈乃の手を取る。
     普段そんなに大きな声を出さない晃樹が、今は、比奈乃の耳元にいるにも関わらず大声で何度もその名を呼ぶ。初めは、例の男との一件で気が動転していた為だったのだろう。しかし、今は少し違った。これだけ耳のすぐ側で叫んでも、比奈乃が何の反応も見せないのである。

    「比奈乃!? 聞こえないのか? 聞こえるんなら返事しろよ!」

     呼びかけながら肩を揺すり、頬を軽く叩く。それでも、比奈乃の目は固く閉じ、微動もしない。それはもはや「眠っているようだ」という例えさえ相応しくないのではないかとさえ思えた。

    「晃樹クン!」
     
     突如、頭上から若い女の声が降る。見上げると、見覚えのある女性が息をはずませて立っていた。

    「あ、涼子さん!?」

     私服ではあるが、それは紛れもなく看護婦の涼子だった。
     
    「それ、比奈乃ちゃんじゃないっ。何があったの?」
    「比奈乃が、比奈乃が起きないんだ!」
    「ちょっと代わって。看てみるわ」

     矢継ぎ早にそう言うと、肩にしたバッグを床に置き晃樹に代わって跪いた。

    「比奈乃ちゃん、頭かどこか打ったりしたの?」

     そう晃樹に訊ねながらも、手慣れた手つきで比奈乃の額や首筋に手を当てていく。

    「わからない、ちょっと離れた隙に、たぶんあいつが……」

     そう呟く晃樹。涼子はそれには答えず、比奈乃への処置を続ける。晃樹は、ただその一挙一動を見守ることしかできなかった。

    「脈もあるし、命に別状はないと思う」

     ひとしきり比奈乃の様子を見終えた涼子は静かに、落ち着いた声でそう言う。

    「これって、昏睡状態なのかしら」
    「昏睡状態……」
    「とにかく、お店の人が救急車呼んだみたいだから、病院に」
    「うん……」

     ふと気が付くと、辺りはかなり騒々しくなっている。突き当たりからは救急隊員がやって来るのも見える。しかし、周りのざわつきも、救急隊員達も、今の晃樹には水中から見た地上の如く、遠い世界のことのように感じられた。





    「なるほどね、そういうことか……」

     ベンチに座り遠巻きに眺めていた男はそう呟く。膝に肘を突き、手に顎を載せた前のめりの格好で、ニヤリと口の端を歪めた。

    「あのお嬢ちゃん、やっぱりそうだった、ってわけだ」

     館内禁煙なのを知ってか知らずか、男はジーンズの後ろポケットからタバコを取り出し火をつけた。紫煙の向こう側に見える鼻には、痣がある。あの三浦だった。

    「ってーことは……」
    「あの彼氏、これから苦労するねぇ」

     溜め息混じりにわざとらしく煙を吐きながらそう言い捨てると、足下にタバコを放り投げる。

    「さって、ヤツらより先にやっちまわねーとな」

     まだ煙を上げている吸い殻とその言葉を残し、三浦は階下へと消えた――。





     先程の青空が嘘のように薄暗い。

     町の喧噪に混じり、その音は近づく。

     頬を冷たい何かがかすめた。

     それはすぐに、髪に、肩に、背中に。

     上から覆うように、全身に降りそそぐ。

     遠雷が、鳴っている。


     夕立に打たれながら、晃樹は比奈乃を想う。


     比奈乃は――――。

     いつも笑っていた。

     顔を向けるときは、いつも笑顔だった。

     それが当たり前だと思っていた。

     いま初めて、笑ってくれない。

     このままずっと?





     赤色灯の光。救急隊員と話す涼子。路上に打ちつける雨。担架に載せられた比奈乃。

     ――そして、それら全てを、ただ、ぼんやりと眺める晃樹がいた。




    二十二話 〜the other〜へ続く