Date or Die(仮) 第22話その2

書いた人

  • 第十三話・cgmi氏
  • 第十四話・あきよし氏
  • 第十五話・シェキル氏
  • 第十六話・H.M.B.(当方)
  • 第十七話・義契氏
  • 第十八話・Mon氏
  • 第十九話・cgmi氏
  • 第二十話・あきよし氏
  • 第二十一話・シェキル氏
  • 第二十二話〜the Mainstream〜・H.M.B.(当方)

  • こちらは第二十二話〜the Mainstream〜の別視点での話です。

    二十二話 〜the other〜


     陽介は一階入り口のインフォメーションで晃樹の呼び出しを頼んだ後、再び二階へと戻ってきていた。もちろん、晃樹と比奈乃の感動の再会を写真に収めるためである。

     陽介も一応、写真家の端くれだ。自然の中で野生動物を撮る機会などもこれまでに何度もあった。その経験からか、晃樹達からはある程度離れながらそれでも確実に撮影ができる場所を無意識に確保していた。
     「佐寺」とかいう少女の行方も気にならないわけではなかったが、当初の目的を果たすためにはそんなことを考えている暇はない。被写体は生きている。今この瞬間も全く新しい表情を見せているかもしれないのだ。

    (ふむ、とりあえず今の状況を数枚、と。まったく、うちの息子は彼女がピンチなのにどこをほっつき歩いておるのだ……)

     倒れている比奈乃にピントを合わせ、愛用のデジタル一眼レフ明美さん七号」のシャッターを切る。
     ここ最近デジタルカメラもだいぶ普及してきており、性能もプロ用途と言える程度のものがそれなりに手頃な価格で買えるようになってきた。陽介も一年ほど前、久し振りに新しくこのカメラを購入したのだった。
     ちなみに、遊び程度にしか使えないものを除いた全てのカメラに「明美さん○号」と名前を付けている。例えば「明美さん二号」は高校の頃初めて買った一眼レフ(当然その頃のものはデジタルではなくフィルムだが)、といった具合である。ついでに言うと「一号」は存在しない。あえて言えば一号は彼の「妻」だろう。
     この男のネーミングセンスからも、容易に青少年時代の様子が窺えるという物だ。

     よくよく見れば、陽介がファインダー越しに見ていた比奈乃の向こう側から、異変に気付いた店員の女性が駆け寄って来ていた。

    (おおっ、いつのまにか人が集まっておる! ここで我が息子が登場となれば……、ふははは、救世主だ! 晃樹は彼女のリーサルウェポンだぞ、良くやった晃樹!!)

     相変わらずの妄想力と偏ったボキャブラリーで、一気に己のモチベーションを上昇させる陽介だったが、そこにふと肩を叩かれる感覚。

    「あー、ちょっと待ってくれ、今いいとこなんだ」

     ファインダーを覗いたまま、呟く。しかし、陽介の期待とは裏腹に、その手は再び彼の肩をとんとん、と叩いた。

    「すいません、ちょっといいですかね」

     男の声がする。

    「しつこいな、後にして――」

     しゃがみ込んだ陽介が眉間にシワを寄せつつ振り返る。すると、眼前には膝の部分がややくたびれた、タバコのヤニの臭いのする紺色のズボンがあった。そのまま上にゆっくりと視界をスクロールさせる陽介。最後に行き着いたのは、やれやれ、とでも言いたげな表情で見下ろしている警官の顔だった。

    「お取り込み中すいませんが……。私、そこの西中野原署の者ですがね」

     見たところ三十代くらいの警官は、そう言って手帳を見せる。後ろにはこのデパートの警備員らしき男と、若い女性。きっと彼女が通報したのだろう、いつの間にやらできた野次馬の群れよりかなり陽介に近い場所にいる。
     ここで陽介はやっと自分の周りを見回した。ベージュ、パステル調のピンクやブルー、ときおりどぎつい赤や黒。辺りは、そういった色とりどりの細長いヒラヒラした布地が鈴なりに吊り下げられている。あからさまな嫌悪の表情でこちらを睨む中年のご婦人。ちらちらとこちらを見ながら小声で話す、けばけばしいカップル。
     ――折しも、陽介が陣取っているのは婦人用下着コーナーであった。そこは、男一人で入ろうものならそれだけで変質者と見られても仕方がない、いわば女性の「聖域」である。そしてそこに追い打ちをかけるのが、夏場にも関わらず纏った黒いコートと手にしたカメラという陽介の風貌……。傍目から見ても、弁護のしようも無いのは明らかだった。

    「いや、あの、こっ、これはですな、むむむむ、むすこのっ、カメラを晴れ姿にと思って記念に持っているわけでありまして、決っっっして! えっとその、あ、あやしい用途とかそんなことはっ!」

     ようやくほんの少しだけ自分の異常な格好と行動を自覚した陽介は、必死に言い繕おうと試みる。しかし彼の言葉は極度の混乱と緊張により文法レベルまで崩壊しており、もはや自分でも何を言っているのかさっぱり分かっていなかったのだった。

    「あー、署でゆっくり話は伺いますから。とりあえず来てもらえますかね」

     言いながら警官は静かに、だがしっかりと陽介の腕を掴む。

    「いやしかし私はこれから息子でございますから……」
    「じゃあ息子さんには後で連絡しときますから。とりあえず来てもらえますかね」

     腕を掴んだまま、陽介の肩に警官の手が回る。

    「私には使命がっ、息子の晴れ姿と言いますでありましょうかっっ」
    「まぁ、お店の迷惑になりますから。とりあえず来てもらいますね」

     そして、有無を言わせず歩き出す。

    「こっ、晃樹ぃぃぃぃ、母さぁぁぁん……」

    しかし残念ながら、助けを求める父の悲痛な声は、息子には届かなかったのだった。もちろんこの場に晃樹がいたとしても、他人のふりをするに違いないのだが……。





     光の差し込まない空間。ただ、天井が仄かに光を発している。それすら、その部分が他より微かに明るいと分かる程度の、弱々しい明かりだった。この空間全体を照らし出すだけの力など持っていようはずもない。
     たった今通ったその入口。そこは音もなく狭まり、そして周囲の壁に溶け込んだ。無機質だが岩石とも金属とも異なる、薄灰色をした壁面。その色は彼女に、より一層の閉塞感を与えた。四方全てを同質の物に囲まれ、彼女は床がぐらりと揺れたかのように、足下をふらつかせる。暗闇と、その奥に僅かに見える単調な壁面から生まれたそのような錯覚。頭上からの頼りない光が、かろうじて彼女から平衡感覚を繋ぎ止めていた。
     年の頃は二五、六といったところ。端正で、どこか中性的な感じもする顔立ち。腰まである長い髪を、鼈甲色のバレッタでまとめている。彼女は、ゆっくりと正面の壁に歩み寄った。そうしてそのまま、壁により掛かって静かに腰を下ろす。あとはただ、膝を抱え床の一点を見つめているだけだった。


    「本来ならこんな所に押し込めるなんて手荒な真似はしたくないのだがね」
    「事態が事態だ、仕方がない。これまでの言動を見る限り、キミも黙って謹慎などするとは思えないしな」
    「事が済むまで、とは言わんが、状況が好転するまでは入っててもらうよ、――サテラ」



     あの男はそう言い残して立ち去った。



     ――そう、彼女は。他でもない、あのサテラだった。